。云えば恥となり云わねば怨《うら》みとなる。そう云ったような深い秘密をじっと噛みしめているようだ。けれど妾にはその秘密がどのようなものだか解っている。それが解っているために妾の声はお祈祷《いのり》に顫《ふる》え妾の眼は涙に濡れ……そうして妾の生涯は……」
 その時一人の老人が影のように部屋の中へはいって来た。乱れた白髪|穢《よご》れた布衣《ほい》、永い辛苦《しんく》を想わせるような深い皺《しわ》と弱々しい眼、歩き方さえ力がない。
「お姫様《ひいさま》」と老人は声を掛けた。深みのある濁った声である。
「おお、お前は島太夫……何か妾にご用なの?」
「もうお休みでござりますか?」
「お祈祷《いのり》も済んだし懺悔《ざんげ》もしたし今日のお勤行《つとめ》はつとめてしまったからそろそろ妾は寝ようかと思うよ」
「それがよろしゅうござります。不吉の晩はなるだけ早くお休み遊ばすに限ります」
「え、不吉の晩というのは?」
 老人は窓を指さしたが、
「ご覧あそばせ闇の湖に一つ点《とも》された赤い灯を……」
 云われて柵《しがらみ》はスルスルと窓の方へ寄って行った。後から老人もつづきながら、
「十四年前のあ
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