い山や巨大《おおき》な獣の口のようにワングリと開いた谿《たに》なども橇が進むに従って次第次第に近寄って来、橇が行き過ぎるに従って後へ後へと飛び去って行く。そうして空の朧月《おぼろづき》は、橇が進もうが走ろうがそんなことには頓着せず、高い所から茫々《ぼうぼう》と橇と人とを照らしている。
橇の上の人間は――五味多四郎と権九郎とは、少しの間黙っていた。権九郎は手綱を弛《ゆる》められるだけ弛め、犬を自由に走らせながら、早く城下へ帰って行き暖かい居酒屋で酒をあおりながら素晴らしい獲物の分け前を取れるだけ沢山取ってやろうと、こんな事を腹の中で考えていた。それに反して多四郎は、この素的《すてき》もない黄金を自分一人でせしめ[#「せしめ」に傍点]たいものだと魂胆《こんたん》を巡らしているのであった。多四郎は四方を見廻したがグイと懐中《ふところ》へ手を入れた。
「しかし待てよ」と呟くとそっとその手を抜き出した。「急《せ》いては事を仕損ずる。あぶねえあぶねえ」
と腕を拱《く》み、権九郎の様子をじっ[#「じっ」に傍点]と窺う。
権九郎は多四郎へ背を向けたまま無心に手綱を操っていた。隙だらけの姿勢である
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