も解らねえ。あの山吹の心持ちがよ!」
「あいつは悪魔に憑《つ》かれたのだ。その他に何がある!」
「そう云ってしまえばそれまでだが、俺はもっと知りてえのだ、何が山吹を誑《たぶら》かしたか?」
「そんな事を聞いて何んになる」
「なんにもならねえが聞いてみてえのよ」
「ふん、つまらねえ詮索《せんさく》だ」
 そこでまた二人は黙り込んだ。二升の酒が尽きかかった。
「そうだ。あいつがよくなかった」
 今度は杉右衛門が呻くように云った。「あの時うんと[#「うんと」に傍点]叱って置いたらこんな騒動にはなるめえものを」
「え?」と岩太郎は聞き咎める。「爺つぁん何かあったのかな?」
「あいつがいなくなる少し前よ、珍らしくあの男がやって来た」
「あの男? 多四郎かな?」
「そうだ行商のあいつがな、そうしてそこの縁先で色々の物を拡げたっけ。俺が見てさえ眼が眩《くら》みそうな綺麗《きれい》な帯や駒下駄をな。……するとその時まで座敷の奥で素気《そっけ》ない様子で坐っていたあの山吹めが立ち上がって縁先へ行ったというものさ。――俺はその時何かの用で確か家を出た筈だ。帰って来て見ると山吹めが嬉《うれ》しそうな顔で笑っ
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