ている。見ると下駄を持っている。多四郎に貰ったということだ。ちょっと小言は云ったものの大して叱りもしなかったが、今から思えば縮尻《しくじり》だった……と、翌《あく》る日《ひ》は帯を貰う。その翌る日は簪《かんざし》を貰う。……」
「もう解った。ふうむ、そうか。……それでやっと胸に落ちた。爺つぁん!」――と岩太郎は声を逸《はず》ませた。
「おいよ」と杉右衛門は眼を見張る。
「俺アいよいよ思い切るよ」
「うん。その方がよさそうだ」
「思い思われた男を捨てて帯や簪へ眼を移すようなそんな女には用はねえ」
「うん。いかにももっともだ。……俺もとうから心の中では親子の縁を切っているのだ」
「白法師様も呆《あき》れるだろうよ。……こんな始末になろうとは夢にも思っていなさるめえからな」
「え、何んだって? 白法師だって?」
「なあにこっちの話だよ」
 そこでまたもや黙り込んだ。酒はおつもりになったらしい、二人は何んとなく手持ち無沙汰にじっ[#「じっ」に傍点]と火ばかり見詰めている。
「爺つぁん、それじゃ俺は帰るよ」
 岩太郎は立ち上がった。
「そうか。それじゃまた来るがいい」
 岩太郎は表の戸を開けて吹
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