うとはしなかった。薪《たきぎ》を燃やし焔《ほのお》を見詰めじっ[#「じっ」に傍点]と思案にふけるばかりで、楽しい酒宴の座へも出ず好きな狩猟《かり》さえ止めてしまった。
 十年前に妻を死なせ、女気といえば娘ばかり、その娘に逃げられた今は家には杉右衛門ただ一人。時々同じ愁《うれ》いを抱いた岩太郎が訪ねて来るばかりである。

 今日も烈《はげ》しい吹雪《ふぶき》であった。
 どうやら熊でも捕れたらしい。いわゆる恐ろしい「熊吹雪」である。
 杉右衛門はじっと考えている。自在鉤《じざいかぎ》には薬缶《やかん》が掛かり薬缶の下では火が燃えている。
 もう夕暮れに近かった。部屋の中はほとんど暗い。しかし行灯《あんどん》は灯してない。が杉右衛門の姿だけは焚火の光で明瞭《はっき》り見える。
 その時表の戸が開いて若者がノッソリはいって来た。
「おお岩か」
 とそれと見ると、物憂《ものう》そうに杉右衛門が声をかけた。
「ああそうだよ。俺《おい》らだよ」
 こう云いながら岩太郎は囲炉裡の側へ近寄って来たが杉右衛門に向かい合って胡座《あぐら》を掻いた。見ると手に白鳥《はくちょう》を下げている。
「爺《とっ》つ
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