》させようと思い付いて、白|皚々《がいがい》たる八ヶ嶽を上へ上へと登って行き、猪を見付ければ猪と闘い熊を見付ければ熊と争い、狐を殺し猿を生け捕りあらゆる冒険をやるのであった。
杉右衛門の心持ちも悲惨であった。彼は部落の長《おさ》だけに深く責任を感じていた。そうして長となるだけあって宗介天狗を尊ぶ情と部落を愛する心持ちとは人一倍強かった。
「部落の長たる自分の娘が宗介天狗のお心持ちに背《そむ》き下界の若者と契《ちぎ》るさえ言語道断の曲事《くせごと》だのに、部落を捨ててどことも知れず姿を隠してしまうとは何んという不心得の女であろう」
しかし、そう思う心の端から、
「身分違いの部落の女が、下界の男と契ったところでやがて捨てられるは知れたことだ、一旦山を下りたからは二度と再び帰って来ることは出来ぬ。人里にも住めず山にも帰れず、その時いったいどうするぞ? 首を縊《くく》るかのたれ[#「のたれ」に傍点]死にをするか? どっちにしても可哀そうなものだ」
惻隠《そくいん》の情が起こるのであった。
爾来《じらい》杉右衛門は憂欝《ゆううつ》になった。自分の家の囲炉裡《いろり》の側からめったに離れよ
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