またもや山上から賑やかな笑い声が聞こえて来た。
「あれだ、あれだよ、あの笑い声だよ、俺達にとっての福音《ふくいん》はね」
「はてね、俺には解らねえ」
「何さ、雪のある間だけは部落はいつもお祭りだってことよ。その隙に仕事をしようって事よ」
一五
こういうことがあってからまた幾月かの日が経った。
一月となり二月となり、暖かい江戸では梅が散り桜の花が咲こうというのに、窩人部落の笹の平は深い雪に包まれていた。
そうして大変平和であった。
いつも唄声と笑い声とが点々と散らばって立っている家々の中から聞こえて来た。
彼らは歓楽に耽《ふけ》っているのだ。
しかしそういう平和な部落にも時あって禍《わざわ》いが起こるものである。
ある日、大声で喚《わめ》きながら雪の部落を駈け廻るものがあった。それは他でもない岩太郎である。
人々は驚いて彼を引き止めて、どうしたのかと訳《わけ》を聞いた。
「杉右衛門の娘の俺の許婚《いいなずけ》、あの美しい山吹が、部落を捨て俺を見限り下界の虚栄に憧憬《あこが》れて多四郎めと駈け落ちした」
これが岩太郎の返辞であった。
「罰当《ばちあた
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