止まって振り返った。
「おお権九、ここを見るがいい」
 云いながら松明を差し付けた。
 氷雪に蔽《おお》われた絶壁の面に明瞭《はっき》りそれとは解らないけれど、どうやら鑿《のみ》ででも掘ったらしい一筋の道が付いている。絶壁を斜めに上の方へ向け階段型に付いている。
「ううむ」
 と権九郎は唸り出した。この根気強い丹念仕事にすっかり感心したのであった。
「どうだ」と多四郎は気負った声で、「これでも俺を馬鹿にするか。……これは俺が拵《こしら》えた道だ。おおかた半年もかかったろう。天狗の宮の真後《まうし》ろまでこの崖道《がけみち》は続いている。いや随分苦労したよ。もうここまでやりとげれば後は的物《てきもの》を盗むだけだ」
「一言もねえ、感心した。そうだここまで捗《はか》が行けば後は的物を盗むだけだ」
「名に負うそいつが重いと来ている」
「一万両の金目だからの」
「ところで俺は蒲柳《ほりゅう》の質《たち》だ」
「いや飛んだ銀流しよ」
「そこでお前を見立てたのよ」
「これじゃまるで据え膳だ、出来上がったところでさあ一口か」
「厭か」
「何んの」
「では承知か」
「是非片棒かつぎやしょう」
 ドッと
前へ 次へ
全368ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング