音がして火影が一時に消えたのは、その小屋の戸が閉ざされたからで、権九郎の姿の見えなくなったのは、その小屋の中へはいったからであろう。
後は寂しく静かである。白無垢《しろむく》のような雪の色と蒼澄んだ月光とが映じ合い冬の深山の夜でなければ容易に見ることの出来ないような神秘の光景を展開している。
バサッと大きな音がした。群竹《むらたけ》が雪を落としたのである。その後は一層静かである。
その時、突然峰の方から鬨《とき》の声《こえ》が聞こえて来た。犬の吠え声、女の笑い声。――窩人の部落から来るらしい。
灌木に囲《かこ》まれた木小屋の中では焚火《たきび》が赤々と燃え上がっている。
焚火を中にして二人の男が茶碗で酒を呑んでいる。
五味多四郎と権九郎とである。
色魔らしい美しい多四郎の顔は、酒と火気とで紅色を呈し、馬鹿に機嫌がよいと見えてのべつ[#「のべつ」に傍点]幕なしに喋舌《しゃべ》っている。
権九郎の方は四十過ぎらしく、肥えた髯《ひげ》だらけの丸顔はやはり赤く色付いているが、これも負けずに喋舌るのであった。
小屋の中は陽気である。
一三
「おや、いった
前へ
次へ
全368ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング