そういう思想《かんがえ》を打ち破るために来た者じゃ」
 白法師の眼はこう云った時|焔《ほのお》のように輝いた。法師はやがて一揖《いちゆう》すると敷居を跨《また》いで戸外《そと》へ出た。林の中へはいって行く。間もなく姿は木に隠れたが、その神々しい白衣姿は、三人の眼に残っていた。そうして「愛の宗教」を説いた慈愛の言葉も三人の耳に、尚|明瞭《はっき》りと残っていた。
 二人の恋人は抱き合ったまま白法師の後を見送っている。

         一二

 こういうことがあってから一月ほどの日が経《た》った。万山を飾って燃えていた紅葉《もみじ》の錦は凋落《ちょうらく》し笹の平は雪に埋《う》ずもれた。冬|籠《ごも》りの季節が来たのである。
 冬という季節は窩人達にとっては狩猟《しゅりょう》と享楽《きょうらく》との季節であった。彼らは弓矢を携《たずさ》えては熊や猪を狩りに行く。捕えて来た獲物を下物《さかな》としては男女打ち雑《まじ》っての酒宴を開く。恋の季節肉欲の季節また平和の季節でもあった。そしてまた怠惰《たいだ》の季節でもあった。
 雪は毎日降りに降る。
 火を焚《た》いて暖を取りみんな集まって無
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