うに出来ております。……それに反してこの笹の平は何んという結構な所でしょう」
云いながら静かに身を廻《めぐ》らし戸外《そと》の景色を指差したが、
「畑を耕す男、車を押す女。楽しそうに叫んでいる子供や犬。……何んと長閑《のどか》ではありませんか。……真昼の光に照らされて紅葉の林が燃え立っております。雑草に雑《まじ》った野菊の花。風に揺れなびく葛《くず》の花。花から花へ蜜をあさる白い蝶《ちょう》や黄色い蝶、峰から丘、丘から谷、谷から麓《ふもと》へ群を作《な》して渡って行く渡り鳥。……何んと平和ではありませんか。――谷川の音は自然の鼓、松吹く風は天籟《てんらい》の琴、この美妙の天地のなかに胚胎《はぐく》まれた恋の蕾《つぼみ》に虫を附かせてはなりません。――幸福というものは破れ易くまた二度とは来ないものです」
こう云いながら妙な人は二人の方へ手を延ばした。と、山吹も岩太郎も思わずその手へ縋《すが》り付く。その二人の手を繋《つな》ぎ合わせ、妙な人は云うのであった。
「美しい衣服《きもの》は裁縫師《さいほうし》が製し位《くらい》や爵《しゃく》は式部寮が造る。要するにみんなつまらない物です。尊い
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