おわす所、それはそれはこの上もなく派手な賑やかな所です。上は大名旗本から下は職人商人まで身分不相応に綺羅《きら》を張り、春は花見秋は観楓《かんぷう》、昼は音曲夜は酒宴……競って遊楽《あそび》に耽《ふけ》っております。山海の珍味、錦繍《きんしゅう》の衣裳、望むがままに買うことも出来、黄金《こがね》の簪《かんざし》※[#「王+毒」の「毋」に代えて「母」、第3水準1−88−16]瑁《たいまい》の櫛《くし》、小判さえ積めば自分の物となる。そうです。実に小判さえ出せば万事万端|己《おの》が自由《まま》――これが江戸の習俗《ならわし》です。したがってそこには『静粛《せいしゅく》』もなければ『謙遜』というような美徳もなく、あるものは『虚偽』と『偽善』ばかりです。……実際そこには小鳥も啼かず緑の美しい林もなく穀物の匂いも流れて来ず、嫉妬《しっと》、猜疑《さいぎ》、朋党異伐、金銭《かね》に対する狂人《きちがい》のような執着、そのために起こる殺人兇行――あるものと云えばこんなものばかりです。しかも、そのくせ表面《うわべ》はと云えば、いかにも美しくいかにも華麗《はなやか》に、質朴で正直な田舎の人を誘惑するよ
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