話をそれではお聞かせ致すとしましょう」
 妙な人は瞑目《めいもく》し何かじっと[#「じっと」に傍点]考えていたが、
「江戸は悪魔の巣でござるよ!」
 一句鋭く喝破《かっぱ》した。
「いえ違います違います!」
 と嘲《あざ》けるように叫び出したのは充分多四郎の甘言によって江戸の華美《はなやか》さを植え付けられた彼女山吹に他ならなかった。
「いいえ江戸は美しい人達の華美《はなやか》に遊びくらしている極楽だということでござります!」
「聞け!」と再び鋭い声が妙な人の口から迸《ほとばし》ったが、一座その声に威圧され一度にしん[#「しん」に傍点]と静かになった。
 さて、そもそも妙な人は何を語ろうとするのであろう? しかし少なくも妙な人は、虚栄虚飾に憧憬《あこが》れている山の乙女山吹の心をその本来の質朴の心へ返そうとしているのは確からしいが、はたして山吹は彼の言を聞き元の乙女に立ち返るか、それとも多四郎に誘惑されるか? これこそ作者が次において語らんとする眼目である。

         一一

 岩太郎と山吹とを前に据えて白衣《びゃくえ》長髪の妙な人は江戸の話を話し出した。
「……江戸は将軍家
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