お目にかかることが出来ました。俺《わたし》は一眼あなた様を見た時すぐに懐かしく存じました。それで俺は何も彼も――山吹との恋のことや、その恋が今日破れたことまでお話ししたのでございます」
「そうそうあの時のあなたというものはまるで狂人のようでしたね」
妙な人は打ち案じながら、
「けれど暫時《しばらく》俺《わし》を相手に無駄話をしておられるうちに次第に心が和《なご》みましたな。……さて、話は変わりますが、ひとつ俺《わし》は山吹さんに物語を聞かせてあげようと思う。それは決してあなたにとって損の話ではありません。いかがです、お聞きなさいますか?」
「どうぞおきかせくださいますよう」
柔順《すなお》に山吹は云ったものである。
「……第一番に云って置きたいことは俺《わし》が旅行家だということです。――俺は肥前の長崎にもおりまた大坂にもおりました。また京師《けいし》にも名古屋にもあらゆる所におりました。もちろん江戸にもおりました。――さて、そこで山吹さん、どこの話をしましょうかな?」
「はい」と山吹は活気づき、
「それではどうぞ江戸の話をお聞かせなされてくださいまし」
「よろしゅうござる、江戸の
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