「悪戯者の牛丸とは私のことでございます」
 と、さも丁寧《ていねい》に云ったものである。
「ハッハッハッ。悪戯者とは面白いね。自分から云うのは正直でよい。――ところでたった[#「たった」に傍点]今ここから出て坂の方へ逃げた者がある。あれはどういう人間だね?」
「若い男じゃございませんか? もしそうなら多四郎の奴です」

         一〇

「なに多四郎?」
 と、それを聞くと岩太郎は颯《さっ》と顔色を変えたが、妙な人のために制せられた。
「私《わし》もそうだと思いました」妙な人は威厳をこめ、「あの男はよくない人間ですぞ。あの人間はある目的をもって天狗の宮の絶壁の下に木小屋を造って住んでいます。そうして城下へ下りて行っては色々の物を買って来ます。それを持って行商に来るのです。城下から山へ来るのではなく自分は木小屋に住んでいて絶えず部落の動静をうかがい乗ずべき隙を狙《ねら》っているのです。……」
「へえ、さようでございますか。悪い奴でございますなあ」岩太郎はひどく驚いたが、「それにしてもどうしてあなた様はそれをご存知なのでございましょう?」
「ああそれは何んでもない。私は寸刻の隙
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