でございますわ。何故《なぜ》と申しますにそうおっしゃる時いつもお姉様のお眼の中に涙が溜《た》まるではございませぬか。偽りの証拠でございますわ」
 こう云うと久田姫は眼を抑えた。指と指との隙を洩れて涙が一筋流れ出た。彼女は泣いているのである。
 窓を透して射し込んでいた幽《かす》かな夕暮れの光さえ今は全く消えてしまって室内はようやく闇《やみ》となった。その闇の中で聞こえるものは妹の泣き声ばかりである。
 その時静かに襖が開いて尼《あま》が一人はいって来た。黒い法衣に白い被衣《かつぎ》。キリスト様とマリヤ様に仕えるそれは年寄りの尼であった。
「まあこのお部屋の暗いことは。灯火《あかり》を点《つ》けないのでござりますね。……お祈りの時刻が参りました。灯火をお点けなさりませ」

         二

「はい」
 と久田姫は立ち上がった。そろそろと龕《がん》の前まで行きカチカチと切り火の音をさせ火皿へつつましく火を移した。黄金の十字架は燦然《さんぜん》と輝きキリストのお顔もマリヤのお顔も光を受けて笑《え》ましげに見える。
 年寄りの尼を真ん中にして久田姫と柵《しがらみ》とは龕の前にひざまずいた
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