》!」
 そこは部落の女である。猛烈の感情を一時に出して山吹は弟を罵《ののし》った。
「岩さんが何んだ! 岩太郎が何んだよ! 来たら追い出してやるばかりさ!」
「ふん」と牛丸も喧嘩腰《けんかごし》になり、「多四郎の奴が来ないうちは岩さんで大騒ぎをしたくせに!」グルリと森の方へ向きを変えたが、「やあもうそこまでやって来た。……妙な人が従《つ》いて来るよ……」
 山吹も多四郎もそれを聞くと首を差し出して森の方を見た。
「あら、ほんとに岩さんが来る」山吹は周章《あわ》てて叫んだが、「来たら返してやるばかりだね」
「ははあ、不格好なあの男がそれじゃ岩という男ですな」多四郎は鼻を鳴らしながら、「私の家の庭男にも当たらぬ」
 牛丸はさもさも[#「さもさも」に傍点]嬉しそうに、「俺《おい》ら岩さんを迎いに出てやろう」彼はそとまで走って行った。
「おや」
 とにわかに多四郎は不安の様子を現わした。
「何んて恐ろしい顔付きだろう。あの妙な人の顔付きは!」
 彼は両掛けを取り上げた。そうして横手の潜《くぐ》り戸《ど》から坂の方へパタパタと逃げ出した。
「あら、多四郎さんどうなすったの※[#感嘆符疑問符、1
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