幾度か代が変わっていて、杉右衛門も岩太郎も死んでしまい、別の杉右衛門と岩太郎とが、引率していたということですがね。そこで葉之助は云ったそうです。ありもしない宗介の甲冑など、いつまでも探すには及ぶまい。窩人――もっともその頃は、山窩《さんか》と云われていたそうですが、――山窩、山窩と馬鹿にされ、世間の人から迫害され、浮世の裏ばかり歩くより、いっそ一つに塊まって、山窩の国を建てた方がいいとね。……そこで皆んなも賛成し、鏡葉之助の指揮に従い、奥穂高へ行ったのだそうです」
私の好奇心は燃え上がった。で、翌日案内され、十石ヶ嶽まで行くことにした。
道は随分|険《けわ》しかったが、それでもその日の夕方に、十石ヶ嶽の中腹まで行った。
眼の下に広々とした谿谷《たに》があり、夕べの靄《もや》が立ちこめていた。しかしまさしくその靄を破って、無数の立派な家々や、掘割に浮かんでいる船が見えた。そうして太陽が没した時、電灯の輝くのが見て取れた。
夢でもなければ幻でもなかった。
彼らの国があったのである。
噂によれば、金木戸川《きんきどがわ》の上流、双六谷《すごろくだに》にも人に知られない、相当大きな
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