三千六百〇三尺、奥穂高の登山小屋で、愉快に一夜を明かすことになった。
 案内の強力《ごうりき》は佐平と云って、相当老年ではあったけれど、ひどく元気のよい男であった。
「こんな話がありますよ」
 こう云って佐平の話した話が、これまで書きつづけた「八ヶ嶽の魔神」の話である。
「ところで鏡葉之助ですがね、今でも活きているのですよ。この山の背後蒲田川の谿谷《たにあい》、二里四方もある大盆地に、立派な窩人町を建てましてね、そこに君臨しているのです。決して嘘じゃあありません。もし何んならご案内しましょう。もっとも町までは行けません。四方が非常な断崖で、下って行くことが出来ないのです。せいぜいその町を眼の下に見る、十石ヶ嶽の中腹ぐらいしか、ご案内することは出来ますまい。……とても立派な町でしてね、洋館もあれば電灯もあり、人口にして一万以上、ただし外界とは交通遮断、で、自然詳しいことは、知れていないという訳です」
「だが」と私は訊いて見た。「いつどうして葉之助が、そんな所へ行ったんだね」
「明治初年だということです。漂浪している窩人の群と、甲州のどこかで逢ったんだそうです。もちろんその時は窩人達は、
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