湖水があり、その周囲には、水狐族の、これも立派な町があり、そうして依然二種族は、憎み合っているということである。
 いつまでも活きている鏡葉之助、人間の意志の権化《ごんげ》でもあり、宇宙の真理の象徴でもある。
 永遠に活きるということは、何んと愉快なことではないか。
 しかし永遠に活きるものは、同時に永遠の受難者でもある。
 そうしてそれこそ本当の、偉大な人間そのもの[#「そのもの」に傍点]ではないか。
 それはとにかく私としては、自分自身へこんなように云いたい。
「ひどく浮世が暮らしにくくなったら、構うものか浮世を振りすて、日本アルプスへ分け上り、山窩国の中へはいって行こう。そうして葉之助と協力し、その国を大いに発展させよう。そうして小うるさい[#「うるさい」に傍点]社会と人間から、すっかり逃避することによって、楽々と呼吸《いき》を吐《つ》こうではないか」と。
 私の故郷は信州諏訪、八ヶ嶽が東南に見える。
 去年の秋にたった[#「たった」に傍点]一人で、笹の平へ行って見た。天保時代の建物たる宗介天狗の拝殿も、窩人達の住居もなかったが、その礎《いしずえ》とも思われる、幾多の花崗石《みか
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