のめりに転がった。ドクドクと流れる切り口からの血! 深紅の水溜りが地面へ出来た。
 だが斬り手の武士は、公孫樹の幹をゆるやかに廻り、雷門の方へ歩いて行った。鳩の啼き声、賽銭《さいせん》の音、何んの変ったこともない。
 両国橋の真ん中で、斬り仆された武士があった。
 笠森の茶店の牀几《しょうぎ》の上で、脇腹を突かれた女房があった。
 千住の遊廓《くるわ》では嫖客《ひょうかく》が、日本橋の往来では商家の手代が、下谷池之端《したやいけのはた》では老人の易者が、深川木場では荷揚げ人足が、本所|回向院《えこういん》では僧が殺された。
 江戸は――大袈裟な形容をすれば、恐怖時代を現じ出した。
 南北町奉行が大いに周章《あわ》てて、与力同心岡っ引が、クルクル江戸中を廻り出した。
 どうやら物盗りでもなさそうであり、どうやら意趣斬りでもなさそうであり、云い得べくんば狂人《きちがい》の刃傷、……こんなように思われるこの事件は、有司にとっては苦手であった。
 で容易に目付からなかった。
 まさか内藤家の家老の家柄、鏡家の当主葉之助が、辻斬りの元兇であろうとは、想像もつかないことである。
 だがやがてパッタ
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