った。二の腕に出来ていた二十枚の歯形――人面疽《にんめんそ》が消えていた。
 屋敷の中が騒がしくなった。人の走って来る気勢《けはい》がした。
 葉之助は塀へ手を掛けた。身を翻《ひるがえ》すと塀を越した。
 広場を横切って町の方へ走った。
 と、誰かと衝突した。
「これは失礼」「これは失礼」
 云い合い顔を隙《す》かして見た。
「や、これは北山先生!」
「おお、これは葉之助殿!」
「先生には今時分こんな所に?」
「万事は後で……ともかく一緒に……」
 二人は町の方へ走って行った。

 その翌日のことであった。神田の旅籠屋《はたごや》北山の部屋で、北山と葉之助とが話していた。
「……窩人《かじん》に云わせると宗介蛇、蘭語で云うとエロキロス、これは珍らしい毒蛇で、これに噛まれると、一瞬間に死んでしまう。しかも少しも痕跡《あと》を残さない。この毒蛇の特徴として、茴香剤《ういきょうざい》をひどく[#「ひどく」に傍点]好む。そいつを嗅《か》ぐと興奮する。で、例の白粉だが、云うまでもなく茴香剤なのさ、大槻玄卿が製したものだ。
 ところが一昨日《おとつい》の晩のことだ。浅草観音の境内へ行き、偶然窩人達
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