人と擦れ違ったが、そうだそうだ北山先生だ」
 ようやく葉之助は思い中《あた》った。
「危険が去ったとは云われない。今夜はここで夜明かしをしよう」
 葉之助は決心した。
 体が綿のように疲労《つか》れていた。彼は草の上へ横になった。引き込まれるように眠くなった。
「眠ってはいけない、眠ってはいけない」
 こう思いながらもウトウトと、眠りに入ってしまいそうであった。
 夜風が空を渡っていた。木立に中って習々《しゅうしゅう》と鳴った。それが彼には子守唄に聞こえた。
 彼はとうとう眠ってしまった。

 鶯谷の暗闇で、葉之助と擦れ違った人物は、谷中の方へ走って行った。
 芝の方にあたって火の手が見えた。
「や、これは大きな火事だ」吃驚《びっく》りしたように呟《つぶや》いた。
 それは天野北山であった。
「殿のお屋敷は大丈夫かな?」
 走り走りこんなことを思った。
「葉之助殿はどうしたろう? 殿の下屋敷を警戒するよう、あれほどしっかり[#「しっかり」に傍点]頼んでおいたのに、今夜のような危険な時に、その姿を見せないとは、甚《はなは》だもってけしからぬ[#「けしからぬ」に傍点]次第だ。だがあるいは病
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