に見られ、河開《かわびら》きにはポンポンと幾千の花火が揚がるんですよ。それより何より面白いのは歌舞伎《かぶき》狂言|物真似《ものまね》でしてね。女役《おやま》、実悪《じつあく》、半道《はんどう》なんて、各自《めいめい》役所《やくどこ》が決まっておりましてな、泣かせたり笑わせたり致しやす。――春の花見! これがまた大変だ!」

         八

「え、大変とおっしゃると?」
 山吹は顔を上気させ眼をうるませて聞き惚れていたが吃驚《びっくり》したようにこう云った。
「何、大変と申したところで悪い意味じゃありませんよ。つまり素晴らしいと云ったまで。――そりゃア素晴らしゅうござんすよ。この辺に咲く山桜、あんなものじゃあありませんね。桃色大輪の吉野桜、それが千本となく万本となく、隅田《すみだ》の堤《どて》、上野の丘に白雲のように咲き満ちています。花見|衣《ごろも》に赤|手拭《てぬぐ》い、幾千という江戸の男女が毎日花見に明かし暮らします。酒を飲む者。踊りを踊る人。伽羅《きゃら》を焚いて嗅《か》ぐものもある。……」
「まあ」――と山吹は感嘆の声を思わず口から洩らしたが、「そういう江戸には美しい
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