にはちょっと得意であった。まして女は美人である。そうしてひたすら[#「ひたすら」に傍点]縋り付いてくる。彼は多少快感さえ感じた。
 しかし女が立ち止まり、「ここが邸でございます。主人からもお礼を申させます。どうぞお立ち寄りくださいまし」と、一軒の屋敷を指さした時には、喫驚《びっく》りせざるを得なかった。と云うのはその屋敷が、敵と目差している蘭学医の玄卿の屋敷であったからである。
「おおこれは玄卿殿の住居、それではそなたはこの屋敷の……」
「ハイ小間使いでございます。どうぞどうぞお立ち寄りを」女は袖を放さなかった。
 そこで葉之助は考えた。
「この屋敷へ入り込むのは、虎穴《こけつ》へ入ると同じだが、そういう冒険をしなかった日には、虎児を獲《え》ることはむずかしい[#「むずかしい」に傍点]。それにこっちでは玄卿めを、敵と目差してはいるものの、先方ではまだまだ知らない筈だ。こういう機会に敵地へ入り込み、様子を探っておいたならまたよいこともあるだろう。それに俺《わし》は玄卿をこれまで一度も見たことがない。これをしお[#「しお」に傍点]に行き会って、人物を見抜くのも一興である」
 そこで葉之助は
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