れから紋兵衛の駕籠は根岸の方へ進んで行き、夜も明方と思われる頃、一宇《いちう》の立派な屋敷へ着いた。
「これはいったいどうしたことだ? 帯刀《たてわき》様の下屋敷ではないか」後をつけ[#「つけ」に傍点]て来た葉之助は、驚いて呟いたものである。

         九

 もう夜は明方ではあったけれど、しかし秋の夜のことである。なかなか明け切りはしなかった。
 駿河守の下屋敷は森帯刀家の下屋敷と半町あまり距《へだた》った同じ根岸の稲荷小路《いなりこうじ》にあったが、そこには愛妾のお石の方と、二人のご子息とが住居《すまい》していた。総領の方は金一郎様といい、奥方にお子様がないところから、ゆくゆくは内藤家を継ぐお方で、今年数え年十四歳、武芸の方はそうでもなかったが学問好きのお方であった。
 廊下をへだてて裏庭に向かった。善美を尽くしたお寝間には、仄《ほの》かに絹行灯《きぬあんどん》が点《とも》っていた。その光に照らされて、美々しい夜具《よのもの》が見えていたが、その夜具の襟《えり》を洩れて、上品な寝顔の見えるのは金一郎様が睡っておられるのであった。
 と、その時、きわめて幽《かす》かな、笛の
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