市中を歩き廻り、夜となってはじめて帰路についた。
愛宕《あたご》下三丁目、当時世間に持て囃《はや》されていた、蘭医|大槻玄卿《おおつきげんきょう》の屋敷の裏門口まで来た時であったが、駕籠《かご》が一|挺《ちょう》下ろしてあった。と裏門がギーと開いて、中老人が現われた。見れば大鳥井紋兵衛であった。
「これは不思議」と思いながら、葉之助は素早く木蔭に隠れじっと様子を窺《うかが》った。
それとも知らず紋兵衛は、手に小長い箱を持ち、フと[#「フと」に傍点]駕籠の中へはいって行った。と駕籠が宙に浮き、すぐシトシトと歩き出した。
「どんな用があって紋兵衛は、こんな深夜に裏門から蘭医などを訪ねたのであろう」
こう思って来て葉之助は合点の行かない思いがした。そこで彼は駕籠の後をつけ[#「つけ」に傍点]て見ようと決心した。
駕籠は深夜の江戸市中を東へ東へと進んで行った。これを今日の道順で云えば、愛宕町から桜田本郷へ出て内幸町《うちさいわいちょう》から日比谷公園、数寄屋橋から尾張町へ抜けそれをいつまでも東南へ進み、日本橋から東北に取り、須田町から上野公園、とズンズン進んで行ったのであった。さらにそ
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