。その立派な家柄の子が、こんな大事を惹《ひ》き起こし、こんな動乱を醸《かも》すとは、当人ばかりの罪ではない。連なる父母も同罪である。すなわち監督不行届きとして罪に坐さなければならないだろう。

 葉之助へ一封の遺書《かきおき》を残し、弓之進が屠腹《とふく》して果てたのはその夜の明方《あけがた》のことであった。

         六

 弓之進の死は変死であった。が、内藤家にとっては由緒ある功臣、絶家させることは出来ないというので、病死ということに取りつくろわせ、盛んな葬式が終えると同時に家督は葉之助に下された。
 ひとしきり弓之進の死について家中ではいろいろ取り沙汰したが、生前非常な人望家でみんなの者から敬われていたので、非難の声は聞かれなかった。そうしてついに誰一人として自殺の原因を知るものがなかった。
 わずかにそれを知っている者といえば、松崎清左衛門と葉之助だけであった。
 その葉之助は父の死後自分に宛《あ》てられた遺書を見て恥じ、泣かざるを得なかった。
「……辻斬りの本人がお前だと知っては、私《わし》は活きてはおられない。子の罪を償うため父は潔《いさぎよ》く切腹する。で、お前
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