殿の命に従うことにした。
ご前を下がって行く彼の姿を、じっと見送っていた武士があったが、他ならぬ剣道指南役、客分の松崎清左衛門であった。
「なんと清左衛門、葉之助は、若いに似合わぬ立派な男だな」
駿河守は何気なく云った。
「御意《ぎょい》の通りにございます」清左衛門は物憂《ものう》そうに、
「しかし、いささか、心得ぬ節が。……」
「心得ぬ節? どんな事か?」
「最近にわかに葉之助殿は、器量を上げられてございます」
「いかにもいかにも、あれは奇態だ」
「まことに奇態でございます」
「しかし、元から美少年ではあった」
「ハイ、美少年でございました。それに野性がございました。それも欝々《うつうつ》たる殺気を持った恐ろしい野性でございました。飯田や高遠で成長《ひととな》ったとはどうしても思われぬ物凄《ものすご》い野性! で、気の毒とは思いましたが私の門弟に加えますことを、断わったことがございました」
「そういう噂もチラリと聞いた」
「しかるに最近に至りまして、さらにその上へより[#「より」に傍点]悪いものが加わりましてございます」
「ふうむ、そうかな? それは何かな?」
「ハイ、妖気でござ
前へ
次へ
全368ページ中217ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング