のような深夜《よふけ》にこのような所で、何を泣いておられるな?」
「はい」と云ったがその娘は顔から袖を放そうとはしない。白い頸、崩れた髪、なよなよとした腰の辺《あた》り、男の心を恋に誘い、乱らがましい心を起こさせようとする。
「どこのお方で何んと云われるな?」
 葉之助は優しくまた訊いた。
「産まれは京都《みやこ》、名は水藻《みずも》、恐ろしい人買《ひとか》いにさらわれまして……」
「いやいやそうではござるまい」鏡葉之助は静かに云った。
「生れは神宮寺、名は久田……」
「え?」と娘は顔を上げる。
「馬鹿!」と一喝、葉之助は、抜き打ちに颯《さっ》と切り付けた。と、娘は狼狽しながらも、ピョンと背後へ飛び退くと、袖を手に巻きキリキリと頭上高く差し上げたが、それをグルグルグルグルと、渦巻きのように廻したものである。
 心に隙はなかったが、相手の不思議の振る舞いを怪しく思った葉之助は、じっと[#「じっと」に傍点]その手へ眼を付けた。次第に精神が恍惚となる。すなわち今日の催眠術だ。葉之助はそれへ掛かったのである。「あ、やられた」と思った時には、身動きすることさえ出来なかった。月も湖水も柳の木も、娘
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