た。湧き立つ浪は鬣《たてがみ》を乱した白馬のように崩れかかり船を左右にもてあそんだ。俺と夏彦とは二人きりで船の船首《へさき》に突立ちあがり、互いに白刃を抜き合わせ思うままに戦った。天運我にあったと見え、颯《さっ》と突いた突きの一手に夏彦は胸の真ん中を刺され帆柱の下《もと》に倒れたが、そのまま呼吸《いき》は絶えてしまった。――十四年という永い年月互いに怨んだその怨みはこうしてとうとう晴らされたのだ。そうして俺は夏彦の首級を手に提《ひっさ》げて帰って来た。そして今ここに立っている。……ここにこうして立ちながら一人の女を待っているのだ。俺の許婚|柵《しがらみ》の現われて来るのを待っているのだ。さて、島太夫お前に命ずる。早く柵を連れて来い」
「…………」
五
「何も恐れることはない。何も憚《はばか》ることはない。十四年ぶりで城の主《あるじ》が腰に血染めの剣を佩《は》き、手に敵の首級を持ちその首級を女に見せようと思って約束通り帰って来たのだ。さあ柵を連れて来い! 島太夫、柵にこう云ってくれ。……戦いに倦《あ》きた宗介《むねすけ》が生血《なまち》に倦きたこの俺が美しい許婚に邂
前へ
次へ
全368ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング