字架《きとうクルス》聖灯の光で隈々隅々《くまぐますみずみ》まで輝いている教団と一変させました。つまりお城は十四年の間に亡びてしまったのでござります」
「城は亡びても武士は死んでも俺の許婚《いいなずけ》の柵は活きてここに住んでいような?」
「はい、ご無事でござります」
「俺はあの女を愛していた。あの女は俺の許婚だ。俺は死ぬほど愛していた。それだのに柵は俺のことを糸屑《いとくず》ほどにも愛していなかった。あの女の恋人は夏彦であった。俺の弟を愛していたのだ。世にも憎い奴輩《やつばら》め! 虹《にじ》のようなはかないそんな歓楽がいつまでつづくと思っていたのか!」小脇に抱えていた丸い包物《つつみ》を島太夫の前へ突き出したが、「島太夫、十字架《クルス》の前へ行け、この包物《つつみ》を開けて見ろ!」
「…………」――老人は無言で包物を受け取り龕の前まで歩み寄ったが、そろそろと包物をほどいて見た。男の生首が現われた。既《すで》に予期したことである。島太夫は驚きもしなかった。
「見たか。首を。夏彦の首級《くび》だ! ……あの晩は天竜の河の面《も》を燐の光が迷っていた。星さえ見えぬ大空を嵐ばかりが吹いてい
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