く乗り放し矢合わせをして戦った。闇の夜には篝《かがり》を焼《た》き、星明りには呼子《よびこ》を吹き、月の晩には白浪《しらなみ》を揚げ、天竜の流れ遠州《えんしゅう》の灘《なだ》を血にまみれながら漂《ただよ》った。永い間の戦いに夏彦の部下も俺の部下も一人残らず死に絶えた。俺の弓矢は朽《く》ちて折れ夏彦の弓矢も朽ちて折れた。しかも二人の怨みばかりは綿々《めんめん》として尽きぬのだ」
「その間中このお城にもいろいろの出来事がござりました」
 老いたる家来《けらい》島太夫は眼をしばたたき[#「しばたたき」に傍点]ながら云うのであった。
「お城に止どまった武士《もののふ》達がお殿様方と夏彦様方と明瞭《はっき》り二派に立ち別れ、切り合い攻め合い致しましたため次第次第に人は減り、やがて死に絶えてしまいました。その寂しさに堪えられず、お姫様の柵《しがらみ》様は天帝《ゼウス》の恩寵《おんちょう》にお縋《すが》りして安心を得ようとなされました。それをどうして知ったものか九州|天草《あまくさ》や南海の国々から天帝を信じる尼様達が忍び忍びにおいでなされ、お姫様と力を合わせ殺伐《さつばつ》であったこのお城を祈祷十
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