恐ろしいか! それほど湖水が恐ろしいか! 三万石諏訪家の家中には、真の武士は一人もいないな! 止むを得ぬ俺が行く! 俺が湖中へ飛び込んで灘兵衛の生死確かめて遣わす!」
云うと一緒に頼正は羽織を背後へかなぐり[#「かなぐり」に傍点]捨てた。仰天《ぎょうてん》したのは侍臣である。バラバラと左右に取り付いたが、
「こは何事にござります! 千金の御身《おんみ》にござりまする! こは何事にござります!」
「放せ放せ! 放せと云うに!」
「殿!」とこの時進み出たのは諏訪家剣道指南番宮川武右衛門という老人であった。「殿、私が参りましょう」
「おお武右衛門、そち参るか」頼正は初めて機嫌を直したが、
「しかしそちは既に老年、この難役しとげられるかな?」
「は」と云うと武右衛門は膝の上へ手を置いて慎ましやかに一礼したが、「勝つも負けるも時の運。とは云え相手は妖怪か悪魚。それに安房の海男《あま》とは云え勇力勝れた灘兵衛さえ不覚を取りました恐ろしい相手、十に九つこの老人も不覚を取るでござりましょう」
「不覚を取ると知りながら、尚その方参ると云うか」審《いぶ》かしそうに頼正は訊く。
「はい、行かねばなりませぬ
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