れあり、江州佐和山石田三成に仕え、乱後身を避け高野山に登り、後吉野の傍《そば》に住す。清洲少将忠吉公、その名を聞いてこれを召す。後、尾張|源敬公《げんけいこう》に仕え、門弟多く取り立てしうち、長屋六兵衛、杉山三右衛門、もっとも業に秀《ひい》でました由《よし》――大坂両度の合戦にも、尾張公に従って出陣し、一旦|致仕《ちし》しさらに出で、晩年|窃《ひそ》かに思うところあり、長沼守明《ながぬまもりあき》一人を取り立て、伝書工夫|悉《ことごと》く譲る。子孫相継ぎ弟子相受け今日に及びましてござりますが、三家三勇士の随一人、和佐大八郎は竹林派における高名の一|人《にん》にござります」
 弁舌さわやかに言上した。

         一〇

「昼行灯どころの騒ぎではない。これは素晴らしい麒麟児《きりんじ》だ。まるで鬼神でも憑《つ》いていて言語行動させるようだ……ははあ、それで弓之進め、この少年の行末《ゆくすえ》を案じ、朋輩先輩の嫉視《しっし》を恐れ、俄《にわ》か白痴《ばか》を気取らせたのであろう。弓之進め用心深いからな……そういう訳ならそれもよかろう。せっかくの目論見《もくろみ》だ、とげさせてやろう
前へ 次へ
全368ページ中127ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング