った……お姉様|灯火《あかり》を点《つ》けましょうか」
「妾はこのような夕暮れが一番気に入っているのだよ……もう少しこのままにしておいておくれ……お前はそうでもなかったねえ」
「お姉様|妾《わたし》は嫌いですの。妾の好きなのはお日様ですの」
「幼《ちいさ》い時からそうだったよ。明るい華やかの事ばかりをお前は好いておりましたよ。夏彦様のご気象のようにねえ」
「陰気な事は嫌いですの。このお部屋も嫌いですの。いつも陰気でございますもの。お姉様灯火を点けましょうか」
 姉の柵《しがらみ》は返辞をしない。で室《へや》の中は静かであった。柵は三十を過ごしていた。とはいえ艶冶《えんや》たる風貌《ふうぼう》は二十四、五にしか見えなかった。大変|窶《やつ》れていたけれど美しい人の窶れたのは芙蓉《ふよう》に雨が懸《か》かったようなものでその美しさを二倍にする。几帳《きちょう》の蔭につつましく坐り開け放された窓を通して黄昏《たそがれ》の微芒《びぼう》の射し込んで来る中に頸垂《うなだ》れているその姿は、「芙蓉モ及バズ美人ノ粧《ヨソホ》ヒ、水殿風来タッテ珠翠|香《カンバ》シ」と王昌齢が詠《うた》ったところの西宮
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