の中の武士達は、揃《そろ》って一度に刀を抜いた。女信徒達は逃げ迷った。
喚き声! 怒鳴り声! 泣き叫ぶ声!
「教法の敵!」「搦め取れ!」「切って棄てろ! 切って棄てろ!」
松明《たいまつ》の火が数を増した。キラキラと抜き身が輝いた。出入り口が固められた。
群集がヒタヒタと逼《せま》って来た。
殺気が場中に充《み》ち充ちた。
予期したことではあったけれど、葉之助の心は動揺した。突嗟《とっさ》に思案が浮かばなかった。と云って落ち着いてはいられなかった。防がなければならなかった。そうしなければ、捕えられるだろう。捕えられたら殺されるだろう。
世の中で何が恐ろしいと云って、狂信者ほど恐ろしいものはない。彼らには一切反省がない。あるものは迷信ばかりだ。おおそうして迷信たるや、一切の罪悪の根本ではないか! 「迷信」は笑いながら人を殺す! 笑って人を殺す者は宇宙において迷信者ばかりだ!
その迷信者が充ち充ちているのだ。それが挙《こぞ》って刃向かって来るのだ。
「もうこうなればヤブレカブレだ! 切って切って切り捲くるばかりだ! 遁《の》がれられるだけは遁がれてやろう!」そこで葉之助は刀を抜いた。
小野派一刀流真の構え! 中段に付けて睨み付けた。
一二
背後《うしろ》へ廻られてはたまらない。彼は羽目板を背に背負《しょ》った。
眼に余る大勢の相手であった。八方へ眼を配るべきを彼は逆に応用した。正一眼一心前方ただ正面をひたすら[#「ひたすら」に傍点]に睨んだ。飛び込んで来る敵を切ろうとするのだ。
「横竪上下遠近の事」一刀流兵法十二ヵ条のうち、六番目にある極意であった。
正面をさえ睨んでいれば、横竪上下遠近の敵が、自ら心眼に映ずるのであった。と云ってもちろん初学者には――いやいや相当の使い手になっても、容易にそこまでは達しられない。ただ奥義の把持者《はじしゃ》のみが、その境地に達することが出来る。そうして鏡葉之助は、その奥義の把持者であった。剣にかけては天才であった。だが彼は疲労《つか》れていた。毒薬を飲まされた後であり、地下に埋められた後であった。しかし非常な場合には、超人間的勇気の出るものであった。
構えた太刀には隙がなかった。
と、一人飛び込んで来た。
大兵肥満《だいひょうひまん》の武士であった。もちろん信者の一人であった。
鏡葉之助は美少年、女のような優姿《やさすがた》。しかも一人だというところから、侮《あなど》りきって構えもつけず、颯《さっ》と横撲りにかかって来た。そこを自得の袈裟掛《けさが》け一刀、伊那高遠の八幡社頭で、夜な夜な鍛えた生木割り! 右の肩から胸へ掛け、水も堪《た》まらず切り放した。
武士は「わっ」と悲鳴を上げた。そうして畳へころがった。プーッと吹き出す血の泡沫《しぶき》が、松明の光で虹《にじ》のように見えた。と、もうその時には葉之助は、ピタリ中段に付けていた。
「えい」とも「やっ」とも、声を掛けない。水のように静かであった。返り血一滴浴びていない。
一瞬間ブルッと武者顫いをした。全身に勇気の籠もった証拠だ。
ワーッと叫んで信者どもはバラバラと後へ退いた。しかしすぐに盛り返した。迷信者は何物をも恐れない。
左右から二人かかって来た。
「やっ! やっ! やっ!」
「やっ! やっ! やっ!」
心掛けある武士であった。二人は気合を掛け合った。左右へ心を散らせようとした。が、それはムダであった。葉之助は動かなかった。凝然《じっ》と正面を見詰めていた。
[#ここから2字下げ]
敵をただ打つと思うな身を守れ
おのずから洩る賤家《しずがや》の月
[#ここで字下げ終わり]
仮字書之口伝《かじしょのくでん》第三章「残心」を咏《うた》った極意の和歌、――意味は読んで字の如く、じっと一身を守り詰め、敵に自ずと破れの出た時、討って取れという意味であった。
葉之助の心組みがそれであった。
金剛不動! 身じろぎもしない。
「やっ! やっ! やっ!」
「やっ! やっ! やっ!」
二人の武士はセリ詰めて来た。尚、葉之助は動かなかった。
場内は寂然《しん》と静かであった。松明の火が数を増した。火事場のように赤かった。後から後からと無数の信者が、出入り口からはいって来た。みんな得物《えもの》を持っていた。
出番の来るのを待っていた。まさに稲麻竹葦《とうまちくい》であった。葉之助よ! どうするつもりだ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
その時|鏘然《しょうぜん》と太刀音がした。
一人の武士が頭上を狙い、もう一人の武士が胴を眼がけ、同時に葉之助へ切り込んだのを、一髪の間に身を翻《ひるがえ》し、一人を例の袈裟掛けで斃《たお》し、一人の太刀を受け止めたのであった。
受けた時には切って
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