さが》けに軽く。そうして置いてグルリと廻り、
「小野派一刀流五点の序、脇構えより敵の肩先ケサに払って妙剣と申す!」
 ちゃあん[#「ちゃあん」に傍点]と手口を説明したものだ。鮮かとも何んとも云いようがない。ひっぱたいて[#「ひっぱたいて」に傍点]置いてひっぱたいた[#「ひっぱたいた」に傍点]順序をひっぱたいた[#「ひっぱたいた」に傍点]人間が説明する。もうこれ以上はない筈《はず》である。
「参った」
 と誠三郎は声を掛けたが、声を掛けるにも及ばない話。溜《たま》りへコソコソと退いた。
「わっ!」とどよめきが起こったが、拍子抜けのしたどよめきである。
「山田左膳。お相手|仕《つかまつ》る!」
「心得ました。お手柔かに」
 ピタリと二人は睨み合った。左膳は目録《もくろく》の腕前である。しかし葉之助には弱敵だ。「かまうものか。やっつけろ。ええと今度は絶妙剣、そうだこいつで片付けてやれ」
 形が変わると下段に構えた。誘いの隙を左肩へ見せる。
「ははあこの隙は誘いだな」切紙《きりかみ》の白井とは少し違う。見破ったから動かない。はたして隙は消えてしまった。と、今度は右の肩へチラリと破れが現われた。
「エイ!」と一声。それより早く、一足飛びこんだ葉之助、ガッチリ受けて鍔元《つばもと》競《せ》り合い、ハッと驚くその呼吸を逆に刎ねて体当り! ヨロヨロするところを腰車、颯《さっ》と払って横へ抜け、
「小野派一刀流五点の二位、下段より仕掛け隙を見て肩へ来るを鍔元競り合い、体当りで崩《くだ》き後は自由、絶妙剣と申し候《そうろう》!」
 またもちゃあん[#「ちゃあん」に傍点]と説明されたものだ。
「参った!」これも紋切り型。
 今度は誰も笑わなかった。人々はちょっと凄くなった。二太刀を合わせたものはない。実に葉之助の強さ加減は人々の度胆を抜くに足りる。
「天晴れの腕前感心致してござる。未熟ながら拙者がお相手」
 こう云ったのは石渡三蔵で、上段の間からヒラリと下りると壁にかけてあった赤樫《あかがし》の木剣、手練《てだれ》が使えば真剣にも劣らず人の命を取るという蛤刃《はまぐりば》の太長いのをグイと握って前へ出た。
「拙者木剣が得意でござればこれをもってお相手致す。貴殿もご随意にお取りくだされい」
「いえ、私は、これにて結構」
「ほほう、短いその竹刀でな?」
「はい」と云ってニッと笑う。
「さようッ」と云ったが憎々しく、「拙者の仕合振り、荒うござるぞ!」
「はい、充分においでくだされ」
「ふん」と三蔵は鼻で笑い、「いざ!」
 と云って木剣を下ろした。
「いざ」と葉之助も竹刀を下ろす。一座|森然《しいん》と声もない。
 とまれ三蔵は免許の腕前、血気盛んの三十八歳、代稽古をする身分である。いかに葉之助が巧いと云っても年齢ようやく十二歳、年の相違だけでも甚《はなは》だしい。それを木剣であしらうとは?
「大人気《おとなげ》ござらぬ石渡氏、おやめなされおやめなされ!」
 と、二、三人の者が声を掛けたが、既《すで》にその時は立ち上がっていた。「もういけない!」と呼吸《いき》を呑む。
 双方ピッタリ合青眼《あいせいがん》、相手の眼ばかり睨み付ける。
「うん、どうやら少しは出来る」葉之助は呟いた、「が俺には小敵だ」
「エイ!」
 と珍らしく声をかけつと[#「つと」に傍点]一足前へ出た。
「ヤッ!」
 と三蔵も声をかけたがつと[#「つと」に傍点]一足|後《あと》へ引いた。
 双方無言で睨み合う。
「さて、どうしたものだろうな。思い切って打ち込むかとにかく相手は代稽古、俺に負けては気不味《きまず》かろう。と云ってこっちも負けられない。ええ構うものかひっぱたいて[#「ひっぱたいて」に傍点]やれ。エイ!」
 と云って一足進む。「ヤッ」と云って一足下がる。「エイ!」「ヤッ」「エイ!」「ヤッ」
 押され押されて三蔵はピッタリ羽目板へへばりついて[#「へばりついて」に傍点]しまった。額からはタラタラ汗が流れる。ぼーッと眼の前が霞んで来た。ハッハッハッと呼吸《いき》も荒い。
 当たって砕けろ! と三蔵は、うん[#「うん」に傍点]と諸手《もろて》で突いて出た、そこを小野派の払捨刀《ふっしゃとう》、ピシッと横から払い上げ、体の崩れへ付け込んで、真の真剣で顎《あご》へ発止《はっし》!
「カーッ」
 ととたんにどこからともなく物凄い気合が掛かって来た。

         六

 アッと驚いた葉之助、一足後へ引き退がる。そこを狙って石渡三蔵左の肩を真っ向から……
「遅い!」
 とまた同じ声がどこからともなく響いて来た。
「勝負なし!」
 と声は続く。
 その時正面の切り戸から悠然と立ち出でた小兵の人物、年格好は五十五、六、木綿の紋付に黄平《きひら》の袴《はかま》、左手《ゆんで》に一刀を引っさげてス
前へ 次へ
全92ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング