恵のねえ奴は気の毒なものさね。……よしか、話すから聞きねえよ。俺の目差す御敵《おんてき》は第一が黄金第二が女よ」
「何んだ詰《つま》らねえそんなことか。何がその他にいい物がある? とかく浮世は色と金、ちゃアんと昔から云っているじゃねえか」
「だからどうだって云うのだえ?」
「珍らしくもねえとこう云うのさ」
「お前は玉を見ねえからだ」
「たとえどんなに上玉でもものの[#「ものの」に傍点]千両とは売れもしめえ」
「何んだ金が欲しいのか。金なら別口が控えていらあ……女の話はお預けか?」
「いやさ順序で聞きやしょう」権九郎はニタリと苦笑する。
「ほほう滅法《めっぽう》穏《おとな》しいの。ところで女は部落者さ」
「そいつア聞くにも当たるめえ」
「しかも杉右衛門の一人娘よ」
「部落の頭の杉右衛門のな?」
「うん」と多四郎は大きく頷く、「年は十九、縹緻《きりょう》よしだ」
「へ、そいつもご同様改めて聞くにも当たりますめえ」
「そこは順序だ。黙って聞きねえよ。よしか。素晴らしい別嬪《べっぴん》よ。で、私《わし》に惚れておりやす」
「厭《いや》な野郎だな。変な声を出して。……ふうん、それからどうしたんだえ」
「江戸へ駈け落ちと評定一決。……」
「へえ、そいつア強気だのう」
「ところがどうも後が悪い」
「……と、来るだろうと思っていた。本文通り邪魔《じゃま》がはいったな」
「偉《えら》い! お手の筋! ついでに人相を。……」
「見たくもねえ人相だの。まず女難は云うまでもなしか」
「うわア、辻占《つじうら》が悪いのう。ところでどこまで話したっけ?」
「ええ物覚えの悪い野郎だ。邪魔がはいったところまでよ」
「うん。違えねえ、その邪魔だが、相手もあろうに坊主とけつかる」
「ウワッハハハ、ウワッハハハ」
「おい笑うのは酷《ひど》かろうぜ、何んとか挨拶《あいさつ》がありそうなものだ」
「でもお前坊主丸儲けよ。お前に勝ち目はねえじゃねえか」
「だから俺《おい》ら悄気《しょげ》てるのさ」
「え、悄気てるって? その面《つら》で?」
「引き戻す工夫《くふう》はあるめえかな?」
「智恵を貸さねえものでもねえが、女の様子はどうなんだえ」
「俺らに逃げを張っているのだ」
「ふうん、そいつア困ったのう」
「何んだ! それで智恵面があるか! 人に貸そうも凄じい。……ちゃアんと目算は出来てるのよ。そうよここだ、胸
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