音がして火影が一時に消えたのは、その小屋の戸が閉ざされたからで、権九郎の姿の見えなくなったのは、その小屋の中へはいったからであろう。
 後は寂しく静かである。白無垢《しろむく》のような雪の色と蒼澄んだ月光とが映じ合い冬の深山の夜でなければ容易に見ることの出来ないような神秘の光景を展開している。
 バサッと大きな音がした。群竹《むらたけ》が雪を落としたのである。その後は一層静かである。
 その時、突然峰の方から鬨《とき》の声《こえ》が聞こえて来た。犬の吠え声、女の笑い声。――窩人の部落から来るらしい。

 灌木に囲《かこ》まれた木小屋の中では焚火《たきび》が赤々と燃え上がっている。
 焚火を中にして二人の男が茶碗で酒を呑んでいる。
 五味多四郎と権九郎とである。
 色魔らしい美しい多四郎の顔は、酒と火気とで紅色を呈し、馬鹿に機嫌がよいと見えてのべつ[#「のべつ」に傍点]幕なしに喋舌《しゃべ》っている。
 権九郎の方は四十過ぎらしく、肥えた髯《ひげ》だらけの丸顔はやはり赤く色付いているが、これも負けずに喋舌るのであった。
 小屋の中は陽気である。

         一三

「おや、いったいどうしたんだろう? やけ[#「やけ」に傍点]に部落では騒いでるじゃねえか」
 権九郎はちょいと[#「ちょいと」に傍点]耳を傾《かし》げた。
「そうさ。馬鹿に賑やかだの。宴会でも開いているのだろうよ」ニヤニヤ笑いながら多四郎は云う。「計画いよいよ図に当たりかね」
「え、何んだって? 計画だって? 定《きま》り文句を云ってるぜ、お前の計画も久しいもんだからの」
「まあサ権九、そうは云わねえものだ。大きな仕事をしようとするには長い用意がいるからの」
「そいつア俺にも解っているが、さてその計画というやつがな、どうも俺には呑み込めねえ。たかが城下の味噌や米をこの俺《おい》らに中継ぎさせて、部落の奴らへ売り込んで高い分銭《ぶせん》を儲《もう》けるにしてもあぶく[#「あぶく」に傍点]儲けというほどでもねえ」
「こうこう権九、拝むぜ拝むぜ。蚊の涙にも足りねえようなそれっぱかりの儲けを目当にこんな小屋まで造ると思うか。俺ののぞみはもっと[#「もっと」に傍点]大きい」
「豪勢強気に出やがったな。こいつア大きに話せるわえ。それじゃ頼む聞かせてくんな。お前の計画っていうやつをな」
「うふ、とうとう降参か、智
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