。と行手に石垣があり、立派な門が建っていた。
「ははあ門があるからには、門の向こう側は往来だろう。よしよしあの門を乗り越してやれ」
門の柱へ手を掛けた。ひらり[#「ひらり」に傍点]と屋根へ飛び上がった。そうして向こう側を隙《す》かして見た。
思わず彼は「あっ」と云った。そこに大勢の人影が夜目にも解る弓姿勢で、タラタラと並んでいたからであった。弓を引き絞り狙《ねら》っているのだ。
彼は背後《うしろ》を振り返って見た。そこでまた彼は「あっ」と叫んだ。十数人の人影が、鉄砲の筒口を向けていた。
彼はすっかり[#「すっかり」に傍点]計られたのであった。腹背敵を受けてしまった。もう助かる術《すべ》はない。飛び道具には敵すべくもない。
が、しかし彼の頭を、その時一筋の光明が、ピカリと光って通り過ぎた。
「ここは江戸だ。しかも深夜だ、よもや鉄砲を撃つことは出来まい。撃ったが最後世間へ知れ、有司《ゆうし》の疑いを招くだろう。邪教徒の教会はすぐに露見だ。一網打尽に捕縛《ほばく》されよう。……断じて鉄砲を撃つ筈はない……弓手《ゆみて》の方さえ注意したら、まず大丈夫というものだ」
で、彼は屋根棟へ寝た。
一筋の矢が飛んで来た。パッと刀で切り払った。つづいて二本飛んで来た。幸いにそれは的を外れた。
寝たまま葉之助は考えた。
「高所に上って矢を受ける。まるで殺されるのを待つようなものだ。身を棄ててこそ浮かぶ瀬もあれ。一刀流の極意の歌だ。弓手の真ん中へ飛び下りてやろう」
四本目の矢が飛んで来た。それを二つに切り折ると共に、ヤッとばかりに飛び下りた。
計略たしか図にあたり、弓手は八方へ逃げ散った。しかし葉之助の思惑は他の方面で破られた。そこは決して往来ではなかった。いっそう広い中庭であった。
隙《す》かして見れば所々に、幾個《いくつ》か檻《おり》が立っていた。「はてな?」と葉之助は不思議に思った。
一つの檻へ近寄って見た。三匹の熊が闇の中で爛々とその眼を怒らせていた。
これには葉之助もゾッとした。もう一つの檻へ行って見た。十数頭の狼が、グルグルグルグル檻に添ってさもいらいら[#「いらいら」に傍点]と走っていた。ここでも葉之助はゾッとした。さてもう一つの檻の前へ行った。一匹の猪が牙《きば》を剥き、何かの骨を噛み砕いていた。と、その時一点の火光が、門の屋根棟へ現われた。それは
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