]と刃並みを覗いて見た。空には星も月もなく、中庭を囲繞《いにょう》した建物からは、灯火《ともしび》一筋洩れていない。で、四方《あたり》は真の闇であった。それにも関らず白々と、刀気が心眼に窺われた。
「うむ、有難い、刃こぼれはない」
 これは刃こぼれはない筈であった。それほど人は切っていたが、チャリンと刀を合わせたのは、二、三合しかないからであった。
「よし」と云うと左の袖を、柄へキリキリと巻きつけた。それからキューッと血を拭った。
 耳を澄ましたが物音がしない。そこでユラリと立ち上がった。
「どのみち[#「どのみち」に傍点]地理を調べなければならない」
 で、そろそろと歩いて行った。
 一つの建物の壁に添い、東の方へ進んで行った。
 行手《ゆくて》にポッツリ人影が射した。で、足早に寄って行った。
 その人影は家の角を廻った。
「ははあ角口に隠れていて、居待《いま》ち討ちにしようというのだな」
 葉之助は用心した。足音を忍んで角まで行った。じっと物音を聞き澄ました。
 コトンと窓の開く音がした。ハッと彼は飛び退《すさ》った。同時に何物か頭上から、恐ろしい勢いで落ちて来た。それは巨大な鉄槌《てっつい》であった。上の窓から投げた物であった。一歩|退《の》き方が遅かったなら、彼は粉砕されたかもしれない。
 彼はキッと窓を見上げた。しかしもう窓は閉ざされていた。そこで彼は角を曲がった。どこにも人影は見られなかった。そうして行手は石垣であった。
 そこで彼は引き返した。
 で、以前《まえ》の場所へ帰って来た。いつか戸口は閉ざされていた。石段を上って戸に触れてみた。閂《かんぬき》が下ろされているらしい。引いても押しても動かない。で、彼はあきらめ[#「あきらめ」に傍点]た。
 同じ建物の壁に添い、西の方へ歩いて行った。やがて建物の角へ来た。サッと刀を突き出してみた。向こう側に誰もいないらしい。で、遠廻りに弛く廻った。
 すぐ眼の前に亭《ちん》があった。亭の縁先に腰をかけ、葉之助の方へ背中を向け、二人の男女が寄り添っていた。一基の雪洞《ぼんぼり》が灯されていた。二人の姿はよく見えた。恋がたりでもしているらしい、淫祠邪教徒の本性をあらわし、淫《みだ》らのことをしているらしい。
「斬りいい形だ。叩っ斬ってやろう」
 葉之助は忍び寄った。掛け声なしの横撲り、男の肩へ斬り付けた。と思った一刹
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