には、卑怯《ひきょう》と目《もく》して使わない。死生一如と解した時、止むなく使う寝業であった。
果然九人は一時に、足を薙《な》がれてぶっ倒れた。
飛び上がった葉之助、なだれる信徒の後を追い戸口の方へ突撃《ひたはし》った。そうして「面部斬り」――で斬り立てた。
胆を冷やさせる「面部斬り」――相手の生命を取るのではなく、獅子《しし》が群羊を駆るように、大勢の中へ飛び込んで、柄短《つかみじ》かの片手斬り、敵の顔ばかりを中《あた》るに任せ、颯々《さっさつ》と切る兵法であった。伊藤一刀斎景久が、晩年に工夫した一手であって、場合によっては刀を返し、柄頭で敵の鼻梁《はなばしら》を突き、空いている方の左手で、敵の人中《じんちゅう》を拳《こぶし》当て身! ただしこの術には制限があって、誰にも出来るというものではなかった。すなわち片手で自由自在に、大刀を揮《ふる》うだけの膂力《りょりょく》あるもの、そうして軽捷《けいしょう》抜群の者と自《おのずか》ら定《き》められているのであった。
で、もちろん封じ手で、印可以上に尊ばれ、人を見て許すことになっていた。
また一名「木の葉返し」とも云った。風に吹き立つ枯葉のように、八方分身十方隠れ、一人の体を八方に分《わ》かち、十方に隠れて出没し! 敵をして奔命《ほんめい》に疲労《つか》れしめ、同士討ちをさせるがためであった。
はたして信徒達は騒ぎ立った。風に木の葉が翻《ひるがえ》るように、百畳敷の大広間を、右往左往に逃げ惑った。
「裏切り者がいる! 裏切り者がいる!」
「一人ではない! 敵は多勢だ!」
「謀反人がいる! 謀反人がいる!」
信徒同士組打ちをした。互いに斬り合う者もあった。松明《たいまつ》の火が吹き消された。ヒーッと女達は悲鳴を上げた。バタバタと倒れる音がした。器類がころがっ[#「ころがっ」に傍点]た。画像がべりべりと引き裂かれた。
「助けてくれーエッ」
と叫ぶ者があった。倒れた信徒の体の上を、無数の人が踏んで走った。ムクムクと戸口から逃げはじめた。
葉之助の策略は成功した。
混乱に次いで混乱が起こり、収拾することが出来なかった。
「静まれ静まれ敵は一人だ!」
心掛けある信徒でもあろう。一人の者が大音に叫んだ。ツ[#「ツ」に傍点]と葉之助は走り寄り、その叫び主を斬り落とした。
「灯火《あかり》を点けろ! 灯火を点けろ!
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