助は美少年、女のような優姿《やさすがた》。しかも一人だというところから、侮《あなど》りきって構えもつけず、颯《さっ》と横撲りにかかって来た。そこを自得の袈裟掛《けさが》け一刀、伊那高遠の八幡社頭で、夜な夜な鍛えた生木割り! 右の肩から胸へ掛け、水も堪《た》まらず切り放した。
武士は「わっ」と悲鳴を上げた。そうして畳へころがった。プーッと吹き出す血の泡沫《しぶき》が、松明の光で虹《にじ》のように見えた。と、もうその時には葉之助は、ピタリ中段に付けていた。
「えい」とも「やっ」とも、声を掛けない。水のように静かであった。返り血一滴浴びていない。
一瞬間ブルッと武者顫いをした。全身に勇気の籠もった証拠だ。
ワーッと叫んで信者どもはバラバラと後へ退いた。しかしすぐに盛り返した。迷信者は何物をも恐れない。
左右から二人かかって来た。
「やっ! やっ! やっ!」
「やっ! やっ! やっ!」
心掛けある武士であった。二人は気合を掛け合った。左右へ心を散らせようとした。が、それはムダであった。葉之助は動かなかった。凝然《じっ》と正面を見詰めていた。
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敵をただ打つと思うな身を守れ
おのずから洩る賤家《しずがや》の月
[#ここで字下げ終わり]
仮字書之口伝《かじしょのくでん》第三章「残心」を咏《うた》った極意の和歌、――意味は読んで字の如く、じっと一身を守り詰め、敵に自ずと破れの出た時、討って取れという意味であった。
葉之助の心組みがそれであった。
金剛不動! 身じろぎもしない。
「やっ! やっ! やっ!」
「やっ! やっ! やっ!」
二人の武士はセリ詰めて来た。尚、葉之助は動かなかった。
場内は寂然《しん》と静かであった。松明の火が数を増した。火事場のように赤かった。後から後からと無数の信者が、出入り口からはいって来た。みんな得物《えもの》を持っていた。
出番の来るのを待っていた。まさに稲麻竹葦《とうまちくい》であった。葉之助よ! どうするつもりだ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
その時|鏘然《しょうぜん》と太刀音がした。
一人の武士が頭上を狙い、もう一人の武士が胴を眼がけ、同時に葉之助へ切り込んだのを、一髪の間に身を翻《ひるがえ》し、一人を例の袈裟掛けで斃《たお》し、一人の太刀を受け止めたのであった。
受けた時には切って
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