議であった。
溺れる者は藁《わら》をも掴む。で、葉之助は環を掴み、力まかせに引いてみた。
その瞬間に起こったことは、彼にとっては奇蹟よりも、もっと驚くべきことであった。
忽然《こつぜん》彼の体の下へ、四角の穴が開いたのであった。ザーッと落ちる土とともに、彼の体は下へ落ちた。
狼穽《おとしあな》かそれとも他の何か? とにかくそこには人工の穴が、以前《まえ》から掘られていたのであった。
そこへ落ち込んだ葉之助は、あまりの意外に茫然とした。が、幸い怪我《けが》はしなかった。穴も深くはないらしかった。で、手探りに探ってみた。
「やや、ここに横穴がある」彼は思わず声を上げた。そうだ、そこには横穴があった。考えざるを得なかった。
「この縦穴を這い出したなら、玄卿の屋敷へ出ることが出来る。幸い両刀は持っている。憎い玄卿めを討ち取ることも出来る。しかし俺は衰弱《よわ》っている。これほどの姦策《かんさく》をたくらむ奴だ、どんな用意がしてあろうも知れぬ。あべこべ[#「あべこべ」に傍点]に討たれたら悲惨《みじめ》なものだ。……さてここにある横穴だが、何んとなく深いように思われる。いっそこれを辿《たど》って行って、一時体を隠すことにしよう。もっともあるいはこの横穴も、あいつの拵《こしら》えたものかもしれない。では何んのために拵えたのか、そいつを探るのも無駄ではない。もしこれがそうでなくて、誰か他の人が拵えたものなら、――もしくは天然に出来たものなら、地上へ通じているかもしれない。では助かろうというものだ。どっちみち縦穴を上るより、横穴を辿った方が安全らしい」
そこで彼は手探りで、横穴を奥の方へ辿って行った。
思った通りその横穴は、深く奥へ続いていた。一間行っても、二間行っても突きあたろうとはしなかった。天井は低く横も狭く、非常に窮屈な穴ではあったが、空気もそれほど濁ってはいず、水なども落ちては来なかった。
やがて五間行き十間行き、半町あまりも辿って行ったが、依然横穴は続いていた。
少しずつ、葉之助は不安になった。
「いったいどこまで続くのだろう?」彼は立ち止まって考え込んだ。しかし後へ戻ることは、かえって危険のように思われた。やはり進むより仕方なかった。
一〇
で、彼は進んで行った。一町あまりも行った頃であったが、彼は何かに躓《つまず》いた。そこで
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