れた葉之助は、さてそれからどうなったろう?
 奇々怪々たる出来事が引き続き起こったのであった。
 ちょっと待てと云って立ち去ったまま、一学は帰って来なかった。で葉之助は待っていた。待っているのはよいとしても、呼吸《いき》の苦しいのは閉口であった。名に負う地下にいるのであった。気味の悪さは形容も出来ない。湿気は体を融かそうとした。身内を蛆虫《うじむし》が這うようであった。一寸も動くことが出来なかった。もし体を動かしたら、竹筒の位置が狂うだろう。そうしたら呼吸が出来なくなろう。そうなったらお陀仏であった。死んでしまわなければならなかった。
「死ぬかも知れない! 死ぬかも知れない! だがいったいそれにしても、一学氏はどうしたのだろう? どうして助けに来ないのだろう? 逃げてしまったのではあるまいか? いやいやそんな人物ではない。では何か危険なことでも、あの人の身の上に起こったのであろうか? ……とにかくこうしてはおられない。生きている人間が生きながら、地下に埋められているなんて、どう考えたって恐ろしいことだ! 出なければならない! 出なければならない! おお俺の体の上には、土がいっぱい[#「いっぱい」に傍点]に冠さっているのだ。茴香《ういきょう》の花が咲いているのだ。そうしてもしも俺が死んだら、その茴香の肥料《こやし》になるのだ。……死! 肥料! 恐ろしいことだ! これはどうしても逃げなければならない。だがどうしたら逃げられるのか? そうだ土を刎《は》ね退ければいい。だがどうして刎ね退けたものか? 重い厚い石のように、一面に冠《かぶ》さっているではないか? 駄目だ駄目だ! 助かりっこはない。……前田氏! 一学氏! 助けてくだされ、助けてくだされ!」
 しかし、四辺《あたり》は森閑として、ただ暗く寒かった。
「せめて手だけでも動かせないかしら?」
 彼は右手を動かそうとした。土が重く冠さっていた。容易に動かすことは出来なかった。しかし非常な努力の後、それでも少しずつ動かせるようになった。
「よし。有難い。大丈夫だ」
 で、土を掻き退けようとした。すると指先に何かさわった[#「さわった」に傍点]。石ではない固いものであった。そこでそれを引っ掴んだ。その感触が鉄らしかった。しかもそれは環《わ》のようであった。
「鉄の環があろうとは、これはいったいどうしたことだ?」葉之助には不思
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