「評判のよくない大槻玄卿、どんなものをくれるか解るものか」つまり彼はこう思ったのであった。
 玄卿はすると[#「すると」に傍点]ニヤリと笑った。
「いや鏡葉之助殿、愚老毒などは差し上げません。どうぞ安心してお試《ため》しくだされ」
 図星を差されたものである。
「とんでもないこと、どう致しまして」
 葉之助は苦笑したが、今はのっ[#「のっ」に傍点]引きならなかった。で、一息にグーと飲んだ。日本の緑茶とは趣きの異った、強い香りの甘渋い味の、なかなか結構な飲み物であった。
「珍味珍味」と葉之助は、お世辞でなくて本当に褒《ほ》めた。
「産まれて初めての南蛮紅茶舌の正月を致してござる」
「お気に叶《かな》って本望でござる。いかがかな、もう一杯?」
「いや、もはや充分でござる」
 葉之助は辞退した。
「さようでござるかな。お強《し》いは致さぬ」
 で玄卿は茶器を片付けた。
 それから二つ三つ話があった。
 と、葉之助は次第次第に引き入れられるように眠くなった。
「これはおかしい」とこう思った時には、全身へ痲痺《まひ》が行き渡っていた。
「ううむ、やっぱり毒であったか!」
 葉之助は切歯した。それから刀を抜こうとした。ただ心があせる[#「あせる」に傍点]ばかりで手が云うことを聞かなかった。
「残念!」と彼は喚くように云った。しかし言葉は出なかった。ただそう云ったと思ったばかりで、その実言葉は舌の先からちょっとも外へは出なかった。
 彼は前ノメリに倒れてしまった。
 しかしそれでも意識はあった。
 それから起こった出来事を、彼はぼんやり[#「ぼんやり」に傍点]覚えていた。
 ……まず二、三人の男の手が、彼を宙へ舁《か》き上げた。……縁から庭へ下ろされたらしい。……穴を掘るような音がした。……と、提灯《ちょうちん》の灯が見えた。……茴香《ういきょう》畑が見えて来た。……花が空を向いていた。……一人の男が穴を掘っていた。……大きな穴の口が見えた。……彼はその中へ入れられた。……バラバラと土が落ちて来た。……おお彼は埋められるのであった。……もう何んにも見えなかった。サーッと土が落ちて来た。……顔の上へも胸の上へも、手へも足へも土が溜った。……次第に重さを感じて来た。……そうして次第に呼吸《いき》苦しくなった。……「俺は死ぬのだ! 俺は死ぬのだ!」葉之助は穴の中で、観念しながら呟いた。
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