り立ての坊主頭の被布《ひふ》を纏《まと》った肥大漢で、年は五十を過ぎているらしく、銅色をした大きな顔は膏切《あぶらぎ》ってテカテカ光っている。
「愚老、大槻玄卿でござる」こう云って坐って一礼したが、傲岸不遜《ごうがんふそん》の人間と見え、床の間を背にして坐ったものである。
「家人をお助けくだされた由《よし》、あれは小間使いとはいうものの、愚妻の縁辺でござってな、血筋の通った親類|端《はじ》、ようお助けくだされた。玄卿お礼を申しますじゃ」それでも一通りの礼は云った。
「拙者は鏡葉之助、内藤駿河守の家臣でござるが。ナニ助けたと申し条、ただちょっと通りかかったまで、そのご挨拶では痛み入る」葉之助も傲然と云った。「こんな坊主に負けるものか!」こういう腹があったからである。
「ほほう、内藤家の鏡氏、いやそれはご名門だ。お噂は兼々《かねがね》存じております。実は愚老は内藤様ご舎弟、森帯刀様へはお出入り致し、ご恩顧《おんこ》を蒙《こうむ》っておりますもの、これはこれはさようでござったか」
 玄卿も相手が葉之助と聞いて、にわかに慇懃《いんぎん》な態度となった。
 その時小間使いが現われたが、それは別の小間使いであった。片手に錫《すず》製の湯差しを持ちもう一つの手に盆を持っていたが、その盆の上には二つの茶碗と、小さな茶漉《ちゃこ》しとが置いてあった。そうして砂糖|壺《つぼ》とが置いてあった。
「うん、よろしい、そこへ置け」こう云って玄卿は頤《あご》をしゃくった[#「しゃくった」に傍点]。
「いやナニ鏡葉之助殿、これは南蛮茶と申しましてな、日本ではめった[#「めった」に傍点]に得られないもの、たいして美味でもござらぬが、珍らしいのが取柄《とりえ》でござる」
 こう云いながら玄卿は、湯差しを手ずから取り上げると、茶漉しの上から茶碗の中へ深紅の液を注ぎ込んだ。それから匙《さじ》で砂糖を入れた。
「まず拙者お毒味を致す」
 こう云うと一つの茶碗を取り上げ、半分ばかりグッと呑んだ。
「温《ぬる》加減もまず上等、いざお験《ため》しくださいますよう」
「さようでござるかな、これは珍味」
 葉之助は茶碗を取り上げたが、そこでちょっとためらった[#「ためらった」に傍点]。

         五

 茶碗を取り上げた葉之助が、急に飲むのを躊躇《ちゅうちょ》したのは、当然なことと云わなければならない。

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