]毒薬らしい。もっとも森家と内藤家とは相当距離がへだたっているのに、その二軒の屋敷を繋いでこの白粉が一直線に、地面に撒《ま》かれてあったということから、ちと毒薬にしては変なところもある。うん、どうもこれは少し変だ。毒薬を地面へふり[#「ふり」に傍点]撒いたところで人の命は取られるものでない。が、どっちみちこの白粉が怪しいものには相違ない。そうしてお前さんの手紙によると、この白粉の筋道に添って、ちょうど美妙《びみょう》な笛のような音が聞こえて来たということであるが、それは今のところ解らない。だがしかしそれらのことも白粉の性質さえ解ったなら、自《おのずか》ら明瞭になるだろう。とまれこういう不思議な白粉を、造り出すことの出来る者は、大槻玄卿以外には、少くも江戸にはない筈だ。と云うことであって見れば、何をおいても玄卿の家へ、人を入れて様子を探らせ、薬局を調べる必要がある。ところで私と玄卿とは同業であり顔見知りだ。だから到底住み込むことは出来ない。幸い一学は玄卿とはこれまで一面の識もない。そこで一学を住み込ませ、至急様子を探らせようと思う。グズグズしてはいられない、うっかりノホホンでいようものなら、ご次男様がまたやられる」
「えっ?」
 と葉之助は眼を見張った。
「ご次男と申せば金二郎様、それがやられる[#「やられる」に傍点]とおっしゃるのは?」
「やられるともやられるとも。油断をすると今夜にもやられる」北山はキッと眼を据えたが、「あいつらの目的とするところは、内藤家乗っ取りの陰謀だからな、ご長男様ご次男様、お二人がなくなられるとお世継ぎがない。そこで帯刀様が乗り込んで来られる。どうだ、これで胸に落ちたろう」
 云われて葉之助は「ムー」と呻いた。
「いやそれほどの陰謀とは、私夢にも存じませなんだ。これは一刻の油断も出来ない。恐ろしいことでございますな。……」
「人の世は全く恐ろしいよ。さて今度は私《わし》の番だが、殿にはお目通りをしないつもりだ。と云うのは他でもない。私が出府をしたと聞いたら真っ先に玄卿めが用心をしよう。連れて紋兵衛も帯刀様も、手控えするに違いない。そうなったらお終いだ。陰謀の手証《てしょう》を掴むことができない」
「これはごもっともでございますな。それでは手狭でも私の家に、こっそりお在《い》で遊ばしては」
「いやいやそれも妙策でない。人の出入りもあろうから、
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