だが」とにわかに北山は、四辺を憚《はばか》る小声となったが、
「だが、俺には解ることがある」
「ははあ、何事でございますな?」
「この事件の目的だがな」
「金一郎様殺しの目的が?」
「一学! これはお家騒動だよ!」
「よく私には解りませんが」
「当家のお世継ぎはどなたであったな?」
「それは逝去《なくな》られた金一郎様で」
「金一郎様|逝去《な》き今は?」
「ご次男金二郎様でございましょうが?」
「金二郎様が逝去《なく》なられたら?」
「先生先生何をおっしゃるので! 甚《はなは》だもって不祥《ふしょう》なお言葉で」
「まあさ、これは仮定だよ。……金二郎様なき[#「なき」に傍点]後は誰が内藤家を継がれるな?」
「もう継ぐお方はございません」
「と云う意味は駿河守様には、お二人しかお子様がないからであろうな?」
「そういう意味でございます」
「しかしお世継ぎがないとあっては、内藤家は断絶する」
「大変なことでございますな」
「大変なことさ。とんでもないことさ。だからどうしても他の方面から、至急お世継ぎを持って来なければならない」
「ははあ、ご養子でございますかな?」
「うん、そうだ、ご近親からな。一番近しいご親戚からな」
「これは、ごもっともでございますな」
「ところがどなたが内藤家にとって一番近しいご親戚かな?」
「さあ」と云って考えたが、「森|帯刀《たてわき》様でございましょう」
「そうだよそうだよ、森帯刀様だよ」
こう云うと北山は微妙に笑ったが、
「どうだ」とやがて促《うなが》すように云った。「解ったかな? お家騒動の意味が?」
「はい。しかし、どうも私には……」
「おやおや、これでも解らないのか?」
「とんと合点《がてん》がゆきません」
「頭が悪いな。え、一学」
「私の馬鹿は昔からで」
「それが今日は特に悪い」
「いやはやどうも、お口の悪いことで」
「お前、今日は、便秘だろう?」
「いえ、そうでもございません」
「なあに、そうだよ、便秘に相違ない」
「これはまたなぜでございますな」
「便秘だと頭が悪くなる」
「あッ、やっぱり、そこへ行きますので」
「ひまし[#「ひまし」に傍点]油を飲めよ。ひまし[#「ひまし」に傍点]油を」
「仕方がありません、飲むことにしましょう」
「アッハハハ、それがいい」
面白そうに笑ったが、にわかに北山は真面目になり、
「これは少しく
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